嫉妬


嫉妬 しっと 英: Jealousy ジェラシー


嫉妬:「本来、自ら叶えたい、実現したいと願う事柄について

(本人が認識しているか否か関わらず)

既に実行し実現させている他者が存在した際

その他者に対して生じるマイナスの感情。類:劣等感 」






英国の哲学家アラン・ワッツ氏のメッセージ


「あなたが本当にしたいことはなんですか」





嫉妬に駆られた人間というのは嫉妬のフィルターが五感に貼り付いています。



フィルターを通して見る世界は



正常な精神の時には認識出来ていた物事を捻じ曲げて映し出す傾向にあります。




嫉妬の対象が人間なら、醜く、浅ましく、どす黒く見えます。





その人物が発した言葉も、全てが嘘っぱち。真実、本音などとは全く聞こえてこない。



そして真実とは、自分自身。己だ。

そう思ってしまいます。


嫉妬は、相手に至極左右される感情ですね。




でも実は


実は、嫉妬の本質とは、意外な場所に隠されているのですよ?


嫉妬の本質は 相手にあらず?


嫉妬はとても簡単に抱くことが出来ます。これは誰でも同じです。



何故なら嫉妬は誰でも胸にあるモノであり、感情に任せれば容易く抱けるものです。




そしてそれは元から抱えてる不安や恐怖と


ないまぜになって知らぬ間に大きく膨らんでいきます。




至極わかりやすい例としてご紹介したいのが


英国の劇作家W・シェイクスピアの作品「Othelloオセロー」


シェイクスピ四台悲劇の一つであるこの物語の主人公オセロー将軍は

嫉妬に嫉妬を重ねて最愛の奥さんを殺してしまいます。

オセロ』(Othello)は、ウィリアム・シェイクスピア作(1602年)の悲劇で5幕の作品。副題は「ヴェニスのムーア人」(The Moor of Venice)。
ヴェニスの軍人であるオセロが、旗手イアーゴーの奸計にかかり、妻デズデモーナの貞操を疑い殺すが、のち真実を知ったオセロは自殺する、という話。シェイクスピアの四大悲劇の一つ。

この物語にみることができる嫉妬の本質とは?



オセローの物語の中では、嫉妬に狂い悲劇を起した一番の人間は主人公オセローだと
思われがちです。


でも実はそうではありません。



一番影で嫉妬の業火に身を焼いていたのは

裏でオセロー将軍に心理的な罠を張り巡らし彼に妻殺しをさせるまで追い詰めた



敵役、裏切り者のイアーゴーなのです。





彼もまた、上司であり、人種差別・身分さ・暗い過去・見た目の違いをものともせず


愛しい女性と結ばれることが出来たオセロー将軍に嫉妬した人間です。




元は彼も、自分に出来ないことをやってのけた上司に憧れてもいた人間です。






嫉妬と憧れは紙一重




つまるところ、嫉妬とは自分が選べなかった未来への憧れです。




最初からそこには他人の存在などいないのです。







嫉妬のフィルターを通して見る世界というのは



勇気や選ぶ覚悟が無かったが故に自ら捨ててしまった未来の断片を


形を変えて目に見えるように再現された妄想映画に過ぎないのです。


「本当にしたいこと」

始められていますか?

足踏みしながら、悔しがりながら、

実はどこかほっとしていませんか?




私は非難してはいません。
ほっとして、いいのです。






選ぶという事は、片方を捨てる事でもあります。



進むということは、今を離れるということ。




恐がるのは脳科学的に言っても人間の宿命です。





ただし、これは貴方の中だけの感情。


他人を巻き込むのはお門違いなのでやめましょう。





なぜなら最初から貴方の嫉妬の世界には他人など存在してなかったのですから。


他人は鏡。


選ばれずに放棄された選択肢の向こう側に存在するもうひとつの人生の生き写し。



そう思えれば、あれが自分の未来だと希望に変わるのではないでしょうか?

選ぶか選ばないかは貴方次第。

「 私達俳優、演劇を見ることは、様々な事柄によって違いはありますが生きてる人間を観ること、になります。嫉妬も愛も憎しみも友情も有も無も全て持ち合わせた人間の呼吸をライブで感じていただくことで初めて発見や新たな世界が各々の胸に産まれる事を楽しんでいただく場であります。もし、演劇を見る機会がありましたら是非自分自身と語り合ってみて下さい。」

いつも読んでくださいます皆様へ心より感謝を込めて。